JR「指扇」駅~「鴻巣」駅。その9。原馬室橋。御成橋。ポピー。川幅日本一。(「荒川」を遡る。第3日目。)
「御成橋」に向かって進みます。 広大な農地。 「馬室荒川占有耕作組合境界杭」。植えてあるのは、ポピー? 薬剤を散布している。 整然と植えられたポピー。 ポピー・ハッピースクエア...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その1。「災害復旧記念碑」。滝馬室橋。糠田橋。桜と菜の花。(「荒川」を遡る。第4日目。)
4月3日(土)快晴。またまたやって来ました「荒川」歩き。今回は、熊谷駅まで。 JR「鴻巣」駅下車。西口から向かいます。住宅街を進んで荒川堤へ。 左手に「大間堤防」の一部か? 「大間堤防」は、明治8年(1875)に民間人によって建設され、規模は長さ508間(914m)、高さ1丈3尺(4.2m)だった。それを記念して、1897 年(明治 30 年)11...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その2。武蔵水路。逃げ水。「穀雨」。(「荒川」を遡る。第4日目。)
前方に大きな水門が見えてきます。「武蔵水路」。 「荒川」に向かう水路が見えます。 「武蔵水路」水門から荒川本流方向を。 右手に「糠田排水機場」の建物。 解説板。 「武蔵水路」の概略 「糠田排水機場」の役割...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その3。吹上飛行場。コスモスアリーナふきあげ。荒川水管橋。大芦橋。(「荒川」を遡る。第4日目。)
堤防下の桜並木。 河川敷。 軽飛行機の姿が。 「吹上飛行場」から飛び立ったのか? 左手遠くに建物。「66K」ポスト。 見えていても、なかなか近づかない。 来た道を振り返る。 河川敷には「吹上飛行場」。 この先、右手にあるのは、「コスモスアリーナふきあげ / 鴻巣市吹上勤労青少年ホーム」という総合運動・学習施設。...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その4。荒川パノラマ公園。白井権八。旧中山道。(「荒川」を遡る。第4日目。)
パラグライダーの姿が。 対岸、中央に見える水門は、「和田吉野川」の「玉作水門」。 右手の林の中に長い「ローラー滑り台」。 「荒川パノラマ公園」。 トイレもあるし、自販機もあるので、ちょっと立ち寄ろうと思いましたが、こちら側からは入れないようです。 横目で眺めるだけ。残念! 遠くに「荒川水管橋」を望む。...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その5。元荒川。「決壊の跡」碑。一里塚。新川村。緊急事態宣言。(「荒川」を遡る。第4日目。)
「元荒川」が眼下に。 熊谷市市街地を遠望。 「中山道」歩きの時に見たおうちが健在。 河川敷は農地。 熊谷駅方向を望む。 中山道歩きに通過した「ライオンズマンション」がようやく目の前に。 この手前に「決壊の跡」碑。 日ごとの洪水地域の拡大図。...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その6。久下橋。思いやり橋。旧中山道と合流。(「荒川」を遡る。第4日目。)
「久下(くげ)橋」が見えてきます。 かつての新川村跡? 久下の集落方向。旧中山道はこの地域を進みます。 「海まで73.0㎞」ポスト。 「久下橋」。 橋を越えて上流へ。 左手、荒川の流れが間近に。 「久下橋」方向。 上流方向。 右手の土手下に解説板が。 ここに「思いやり橋」と呼ばれた久下冠水橋がありました。...
View ArticleJR鴻巣駅~熊谷駅。その7。ムサシトミヨ。荒川の西遷。熊谷桜堤。(「荒川」を遡る。第4日目。)
熊谷桜堤の桜並木に近づく。 堤防下に「熊谷市 ムサシトミヨ保護センター」があり、その敷地内に「元荒川」の源流があります。 ムサシトミヨはトゲウオ目トゲウオ科トミヨ属に属する体長3cm~5cm位の淡水にすむ1年魚です。オスが水草などで球形の巣を作り、子育てをする珍しい魚です。...
View ArticleJR熊谷駅~秩父鉄道・武川駅。その1。葉桜。荒川大橋。花大根。タラの芽。(「荒川」を遡る。第5日目。)
4月10日(土)。快晴。再び熊谷駅に降り立ちます。 熊谷桜堤。すっかり桜も散り、葉桜へ。「三日見ぬ間の桜」という表現がありますが、わずか一週間でこのように。 一週間前の人混みもいつの話しやら、人出もなく静かな堤に。河川敷のグランドでは賑やかな歓声が聞こえてきます。 澄んだ空です。 「荒川大橋」。...
View ArticleJR熊谷駅~秩父鉄道・武川駅。その2。Uコン。荒川大麻生公園。熊谷大橋。(「荒川」を遡る。第5日目。)
草原の中を進みます。左手が荒川の流れ。右手は灌木。 「荒川大麻生公園」入口。 できるだけ自然のままを保たせる公園のようです。 何やらモーター音が聞こえてきます。 ぐるぐる回る飛行機。 手で器用に操りながら飛ばしています。コントロール・ライン(別称・通称「Uコン」、略称「CL」)というらしい。 CLはラジオコントロールに代わる安価な飛行法であるが、高度1.5...
View ArticleJR熊谷駅~秩父鉄道・武川駅。その3。野鳥の森。秩父鉄道。八十八夜。(「荒川」を遡る。第5日目。)
橋の下をくぐり抜けると、森の中の道に。 広大な「野鳥の森」。さまざまな鳥の鳴き声が。 森を抜けて明るい道へ。振り返る。 麦畑。 道はゴルフ場にぶつかり、右折します。 正面に秩父鉄道の踏切。堤防が分断されています。 ここにも「荒川大麻生公園」の標識が。 堤防に沿って歩きます。 来た道を振り返る。 左手は「大麻生ゴルフ場」。 なかなか堤防の上へ上がれません。...
View ArticleJR熊谷駅~秩父鉄道・武川駅。その4。押切橋。秩父の山、上州の山々。(「荒川」を遡る。第5日目。)
押切橋。 橋の全長は1,339.13メートルで、埼玉県においては上江橋、幸魂大橋に次いで長く、埼玉県管理の県道に架かる橋梁としては最長である。...
View ArticleJR熊谷駅~秩父鉄道・武川駅。その5。江南サイフォン跡(明戸床止め)。秩父往還。(「荒川」を遡る。第5日目。)
開けた場所に出ます。「江南サイフォン跡(明戸床止め)」。 鉄筋コンクリート製、長さ513m、内径1.3mのサイフォン(伏せ越し)。 江南サイフォンは、かつて農業用水を荒川左岸側から右岸側に送るために、荒川の河床下に設置された水路でした。しかし、荒川の河床低下の影響により、本来は埋設されていて見えないはずの伏越の本体が、川底からむき出しの状態になってしまいました。...
View Article「かめの道」。東武熊谷線跡をたどる。その1。線路はそのままに。(「荒川」を遡る。番外編。)
「熊谷駅」に着いて、もう一箇所探索したいところがあります。それが「東武鉄道 熊谷線跡」。 久々の廃線跡歩きです。 「熊谷線」は、熊谷駅から妻沼駅までを結んでいた東武鉄道の鉄道路線。地元では妻沼線(めぬません)とも呼ばれていた。 もともと軍の命令で建設された路線で、第二次世界大戦末期に、群馬県太田市の中島飛行機(現・SUBARU)への要員・資材輸送を目的として、熊谷駅 -...
View Article「かめの道」。東武熊谷線跡をたどる。その2。SLパレオエクスプレス。立夏。(「荒川」を遡る。番外編。)
線路脇の緑道に入ります。亀の姿が。ここから東武熊谷線跡の遊歩道。 「百米塚」。終点まで続くのでしょうか? まだ左手には旧線路が続いていますが、この先、秩父鉄道の構内へ?...
View Article秩父鉄道武川駅~寄居駅。その1。白鳥の飛来地。植松橋。「見目池」。(「荒川」を遡る。第6日目。)
4月18日(日)。晴れ。 夜来の雨も上がったので、少し遅めに出かけました。今回は、熊谷駅でSLに出会いました。お客さんを順次誘導して、間もなく出発です。 当方は、各駅停車で「武川駅」に向かいます。 今回は、ここからスタート。大きな案内板。 「ここは白鳥の飛来地です」 残念ながら市としての取り組みは終了したようです。...
View Article秩父鉄道武川駅~寄居駅。その2。六堰頭首工(重忠橋)。ワクチン接種予約。(「荒川」を遡る。第6日目。)
再び「国道140号線」に戻り、先を目指します。左手奥に「六堰頭首工(ろくぜきとうしゅこう)」・「重忠橋」。 中央奥に見える碑は、国営総合農地防災事業竣工記念として、平成19年1月に建てられたもの。...
View Article秩父鉄道武川駅~寄居駅。その3。関越道・荒川橋。黒田古墳群。花園橋。(「荒川」を遡る。第6日目。)
荒川橋 深谷市黒田と同市畠山の間の荒川に架かる東日本高速道路(NEXCO東日本)関越自動車道の道路橋。...
View Article秩父鉄道武川駅~寄居駅。その4。宝篋印塔・板石塔婆。Layer Cafe。埼玉県立川の博物館。(「荒川」を遡る。第6日目。)
県道に出てすぐ左折します。角に祠があります。 「庚申塔」。その奥には、宝篋印塔(ほうきょういんとう)。 墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種である。五輪塔とともに、石造の遺品が多い。滅罪や延命などの利益から、追善(死後に供養すること)・逆修(生前にあらかじめ供養をすませること)の供養塔、墓碑塔として、五輪塔とともに多く造立された。(「Wikipedia」より) 「宝篋印塔の由来」。...
View Article