府中~宇津ノ谷峠~藤枝~島田。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その4。)
JR東海道線と静岡鉄道の踏切を渡る。特に「静鉄」の車両。大学から清涼飲料水・・・、カラフルなのにはビックリ。新静岡から新清水間11.0kmを結ぶ静岡清水線。駅の数も15と多く、また運転本数も多い。 「東海道」は緩やかに上りながら右に曲がる。この辺りは「狐ヶ崎」と呼ばれる地域。かつて遊園地があった、という。そのCMソングが、有名な「新」民謡『ちゃっきり節』(北原白秋作詞、町田嘉章作曲)。...
View Article大井川~金谷~小夜の中山~掛川~見付。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その5。)
県道34号線を西に向かい、「大井川」へ。その手前に、島田宿側川越し場がある。 「大善寺・時の鐘」。 明け六ッ(日の出の時刻)と暮れ六ッ(日の入りの時刻)の鐘の音は、大井川川越しの始まりと終わりの合図ともなっていた。 三叉路を左の道に進み、「東海製紙工場」の脇を行く。しばらく行くと、上段の間が現存する塚本家。川越し場が開設した当時からの旧家。その先の道ばたに道標。...
View Article天竜川~浜松~新居~二川。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その6)
静岡県内の4つの大きな川。「富士川」「安倍川」「大井川」と越えて来て、残された「天竜川」を越えると浜松。 県道を西に進む。しばらく行くと、右手にあるのが、「宮之一色一里塚」跡。江戸・日本橋から数えて63里目。 しだいに天竜川の土手が見え隠れしてくる。 いよいよ「天竜川」を渡る。 橋の途中でちょうど「(日本橋から)250㎞」ポスト。 渡り終えると、橋の左手のたもとにある小公園(休憩施設)。...
View Article吉田~赤坂~岡崎。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その7。)
この回からは一泊二日の旅。泊まりは一泊朝食付の「ビジネスホテル」。 5月19日(火)~20日(水)。JR二川駅から岡崎駅まで。初日。初めての雨。JR二川駅から出発。 県道3号線の緩やかな坂道を上っていく。 左側に松並木の復元事業。...
View Article池鯉鮒~鳴海~宮。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その8。))
今回は、岡崎・矢作橋から七里の渡しまでの1泊2日の旅。少しゆとりのある行程。 6月16日(火)、17日(水)の2日間。矢作橋たもとの「出合之像」からスタート。「太閤伝説・豊臣秀吉(日吉丸)と蜂須賀小六」にちなんだもの。 実際には、矢作橋が架けられた1601年には豊臣秀吉は既に亡くなっているため、この話は作り話。が、この逸話を伝えるために矢作橋の西側に「出合之像」という像が建てられた。...
View Article桑名~石薬師~亀山(前半)。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その9。)
桑名宿への行き方は、 ・その名の通り、海上七里を船で行く←団体貸切らしく、金額は高い。 ・「国道1号線」(江戸時代初期の海岸線)を行く。←基本:マイカー。 ・「国道23号線」(江戸時代後期の海岸線)を行く。←基本:路線バス乗り継ぎ。 ・「明治東海道」跡(明治初期の「東海道」。これは興味深い道筋だが)を行く。←途中経路が?...
View Article亀山(後半)。~関。~坂下~鈴鹿峠~(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その10。)
9月22日(火)。東京を6時30分発の新幹線で名古屋、そこから関西本線で「亀山」まで。着いたのは9時40分前。前回来たところまで戻ってスタート。 ところで、関宿、坂下宿から「鈴鹿峠」を越え、土山宿方面に向かう区間。 ここにはバスの便がまったくない。かつては鈴鹿峠越えをする三重県)内と滋賀県内を結ぶ国鉄(JR)バスがあったが、採算が取れず、すでに廃止。...
View Article土山。水口。石部。~草津。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その11。)
富士山に初冠雪が観測された翌10月12日(月)、13日(火)。一泊二日。 東京から新幹線、在来線、バスと乗り継いで「道の駅「あいの土山」に着いたのが10時35分過ぎ。ここが、前回の最終地点。 《49 土山》(2015.10.14~掲載) 案内図と「土山宿」の石碑。 それぞれの家にはかつての屋号が。 「たば古屋」。...
View Article瀬田の唐橋。大津。~京・三条大橋。(江戸・日本橋から京・三条大橋まで。その12。)
いよいよまとめも最終回。11月10日(火)、11日(水)。草津駅から三条大橋まで。一泊二日。天気に恵まれた旅。 足かけ2年の「東海道53次」の旅も、いよいよ最終段階。 11月10日(火)。草津駅から旧東海道に戻るには、旧中山道を少し南に進む。草津宿から最後の宿場町「大津」へ向かう。 「立木神社」。 そのまま進み、「草津川」の橋を越える。橋の手前、左手に京方見附跡の「黒門」解説板。。...
View Article鋭い指摘。さすが直感、策略の人。
軽減税率「ここまで妥協するとは」…橋下氏驚き その通りになるでしょう。誰がどうみても参院選のために公明党の協力を得る、とはうわべで、選挙区で公明党を当選させるための取り引き。いいかえれば、公明党に恩を売って票を「売る」ことに決めた。これは、アベの「憲法改正」に公明党が全面的に協力することを約束したことも意味しています。...
View Article吉原左富士。(旧東海道。補足編。)
先日。快晴のもと富士山がよく望める、そんな日に、富士宮に出かけた帰り。 東海道を歩いていたときには、残念ながら左富士が見えなかったので、車で寄ってみました。JR吉原駅の南口から少し東に向かい、踏切を通過。この道は旧東海道。歩いた時を思い出しながら今回は、車で。...
View Article「通し狂言 東海道四谷怪談」―国立劇場―(旧東海道。補足編。その2。)
歌舞伎は久しぶりなので、とても楽しみ。あなたとは久しぶりじゃないけど。「永青文庫」だって、ついこの間だし。ちょっと会いすぎって感じかも、よ。 そうそう、「永青文庫」に行った夜、寝言だか何だか大きな声で一声叫んでいたって、家人から言われたわ。たしかにすごかったし、熱かったし、リアルだし・・・。実際に見ていると、肉筆絵の迫力ってすごかった。けっこう若い女性連れが多かったわね。「わあ! すごい!...
View Article日本橋から志村一里塚まで。その1。(旧中山道をゆく。その1。)
いよいよ今度は「中山道」の旅。旧東海道に比べると峠越えが何カ所もあったり、宿泊施設、交通機関などけっこう大変そうです。 まずは、「碓氷峠」を目指して、といってもいつまでかかるやら・・・。 12月16日(水)。日本橋~本郷~巣鴨~板橋~志村坂上、というコース。「志村一里塚」は、日本橋から3里目なので、12㎞かと思いきや、「国道17号線」だと「日本橋から13㎞ポスト」の先まで。...
View Article日本橋から志村一里塚まで。その2。(旧中山道をゆく。その2。)
「甘酒茶屋」の脇の路地が「旧中山道」。表示があります。1880年代の地図を見ると、「湯島聖堂」の敷地をコの字型に迂回しています。 この道筋。突き当たりを左折し、「17号」に合流。 「17号」に出て右手にある「済生学舎と野口英世」。...
View Article日本橋から志村一里塚まで。その3。(旧中山道をゆく。その3。)
午後からの旅。 JR巣鴨駅前の広い「17号線」を渡り、「巣鴨地蔵通り」へ。この道が旧中山道だったとは今の今まで知りませんでした。賑やかな商店街。けっこう思ったよりも長く続いて、どのお店も人だかり。さすがジジババの原宿通り。圧倒されそうな雰囲気です。...
View Article信じる者はいない。が、信じる者には未来が、信じない者には・・・
安倍首相と橋下氏が会談=憲法改正など議論か 「慰労会」などということを真に受ける者は一人もいない。政治家が政治家を辞めた人間を慰労するはずはない。まして、首相が一介の野の人を・・・。菅も松井も一緒で、3時間半。 公明党は、心中、穏やかではないはず。アベが橋下に乗り換えて、自分たちが切られたら堪らない。これで、ますます自民党から離れられなくなって、創価学会は、自民党の最大集票組織に。...
View Article日本橋から志村一里塚まで。その4。(旧中山道をゆく。その4。)
JR板橋駅を左に商店街を進みます。振り返って望む。右に板橋駅。 板場宿は、江戸四宿(品川、内藤新宿、板橋、千住)の一つ。平岡宿、仲宿、本宿の3つから成り立っていました。江戸から中山道をゆく旅人はわざわざ日本橋からではなく、板橋宿から旅立ちました。そのため、大いに賑わっていたそうです。 ここは板橋平尾宿 中山道69宿の第1番宿...
View Article日本橋から志村一里塚まで。その5。(旧中山道をゆく。その5.)
「板橋」を渡ると、「上宿」になります。街道筋らしい建物もちらほら。 右手に「本町にぎわい広場」という広場があって、その奥には、櫓。 さらに「上宿」の解説板。 江戸時代の五街道の一つである中山道は、江戸と京を結ぶ大動脈として、人々の往来や物資の流通、文化の交流などをささえてきました。...
View Article志村一里塚からさいたま副都心駅まで。その1。(旧中山道をゆく。第2日目。)
12月22日(冬至)快晴。せっかくの晴れ。23日からはぐずつくお天気のよう。空を見上げて、即、出かけました。都営地下鉄三田線「志村坂上」駅下車。そこからスタート。 午前10時頃から午後3時30分頃まで。 「国道17号線」を交番のところで左斜めに進み、「清水坂」の急坂を下ります。 坂にさしかかる手前の角には、 「富士・大山道の道標と庚申塔」。...
View Article志村一里塚からさいたま副都心駅まで。その2。(旧中山道をゆく。第2日目。)
「水神社」前から戻って、右折(戸田橋からでは左折)。 土手方向を振り返る。 しばらく行くと左手に小公園があり、「歴史のみち 中山道」という解説板があります。 歴史のみち 中山道 この道は、江戸時代の中山道の一部といわれています。...
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