市役所前の芝生公園を港の方へ向かっていくと、「かごしま水族館」。ここには興味深い遺構があります。



かつてのようすとその後の港湾設備の整備の説明板。

「かごしま水族館」敷地内にあり、かつては鹿児島港の防波堤として機能していた港湾土木遺構。元々は湾内にあった突堤。現在は、海側が埋め立てられ、水族館の敷地となっているが、遺構として保存されている。ここは、薩英戦争の時、薩摩藩の砲台が置かれたところ。

薩英戦争
文久3年7月2日(1863年8月15日) - 7月4日(8月17日)
前年の文久2年に発生した、横浜港付近の武蔵国橘樹郡生麦村で薩摩藩の行列を乱したとされ、イギリス人4名のうち3名を薩摩藩士殺傷するという「生麦事件」の解決を迫るイギリス(グレートブリテン及びアイルランド連合王国)と薩摩藩の間で戦われた鹿児島湾における戦闘。
鹿児島では「まえんはまいっさ」(前の浜戦)と呼ばれる(城下町付近の海浜が前の浜と呼ばれていた)。薩英戦争後の交渉が、英国が薩摩藩に接近する契機となった。


砲台跡。






明治5年(1872年)、明治天皇が全国で初めて行幸したのが鹿児島。上陸に利用した新波止場にある記念碑。



ところで、イルカの遊泳はなかなかうまく撮れません。





足下には桜島からの火山灰が一面に。
